著 樺薫 / 原作 坂口安吾『藤井寺さんと平野くん 熱海のこと』

 後書きに「野球小説」云々とありますが、野球をあまり知らない俺でも楽しく読める良作。野球注釈者、という造語の字面の格好良さと、その造語が示す実体の格好良さには舌を巻いた。野球注釈者の実体の格好良さについては、注釈者の眼前で繰り広げられる事実を注釈者が記述しようとする際の真摯さ、と言い換えても良い。あの真摯さは一定以上の教育を受けた文科系の学徒(もしくは、その経験がある者)には共感できるものではないだろうか。また、野球注釈者・藤井寺の現在の姿勢のみならず、自らが野球注釈者の道を志した契機・動機を振り返って煩悶する姿も、見ていて好感が持てる。
 と同時に、平野くんの視点の下卑た部分は非常にアドゥレッセンスで、アドゥレッセンスなモノを書かせるとお上手なのは樺薫先生の魅力の一つでもある。平野くんが語り手となっていることで自身の下卑た部分に自覚的である印象を与えていて、その自覚ぶりがよりいっそうアドゥレッセンスさを増している。
 個人的には巨勢が好き。だからといって藤井寺の魅力を否定するわけではないので、とりあえずこの本が気になっている人は読むと良いのではないか。